コラム

「私とキリスト教との出会い」


日向キリスト教会 木田博文

私は、宮崎県日向市で三人兄弟の末っ子として生まれました。家は仏教で、キリスト教とは何の縁もありませんでした。その私が、最初、キリスト教に出会ったのは、中学生の頃だったと思います。
放課後に体育館に行くと赤い表紙の小さな本が、全員に無料で配布されていたのです。頂いたその小さな本が聖書でした。一ページを開くと、知らない名前が、 カタカナでずっと書かれてあり、面白い本とは思えませんでした。それから、その聖書を開くこともありませんでした。
次にキリスト教との出会いは、高校生の頃です。本の好きな友達の影響を受けて、私も本を読むようになりました。その中で特に三浦綾子さん(クリスチャン作家ですでに故人)の本が好きになり、その本を通してキリスト教のことや聖書を知るようになったのです。
私は、小さい頃から父親の愛情を知らず、母も働いていたので、寂しい思いをいつも持っていました。又、手足だけが赤くて皮がボロボロとむける皮膚病や対 人恐怖症で悩んでいたので、聖書のことばが、心に浸みて大きな慰めになりました。キリスト教会に行って見ようと思ったこともありました。(結局行きません でした。)
高校を卒業してから大阪の電器会社に就職しました。仕事の内容は、油を頻繁に使うプラスチック金型加工で、そのために私の手は油で荒れ、以前よりひどくなって行きました。入社当時は、張り切っていたのに、次第に仕事が嫌になり、仮病を使っては会社を休みようになりました。社員寮に残っていても退屈なのでパチンコ店によく出かけました。
パチンコで大金を使ってしまった時は、本当にむなしくなり、自分の愚かさや弱さを嘆きました。
そのような時に三浦綾子さんの「塩狩峠」が出版されたのです。早速、手にして読みました。北海道の「塩狩峠」で脱線事故が起こり、最後の車両が暴走…。一人の青年が、その車両を止めるために自らの体を投げ出し、自らを犠牲にして多くの人を助けたという内容でした。
この青年はクリスチャンで「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから、私たちは、兄弟のためにいのちを捨てるべきです。」という聖書のことばを実行したのです。この本は、実際にあった出来後を小説化したものと言われています。
私は、この小説を読んで大変感激しました。と同時に青年の犠牲的な愛は、十字架でいのちを捨てたキリストを模範にしていることを知りました。私は、青年の真実な愛に心動かされ、自分自身を変えることが出来ればと思いキリスト教会を訪ねました。思えば高校生の時に願ったことが、やっと実現したのです。神が教会に導いて下さったのです。キリスト教会に通う中で、天地万物を創造された神の前に、一介の罪人であることを知り、20才の時に、罪を悔い改めイエス・キリスト様を救い主と信じました。
それから長い年月が経ちました。今までの人生をふりかえりイエス様を信じて良かったなあと思います。
私は、自分は駄目な人間だと思っていましたが、神に愛されていることが分かった時に、自分を受け入れて、隣人を受け入れるようになりました。長い間かかえていた父に対するわだかまりもイエス様によって解消したように思います。
あなたも、あなたの人生を変えてくださるイエス・キリストを求めて見ませんか。